伊藤トモの俗・実験室

頑張ってる左手

『殻の中の憂鬱』

 xx21年、人類の叡智はそれなりに結集され、諸々の分野で諸々の発見があった。

 彼、大田健法ことKensheland Ohtaは大学生である。人類の中でも特に頭脳明晰であることから、この大学に入学できた。

 とはいえ、現代では脳科学の発展により脳の最適化が可能になり、ほとんどの人類が高い知能指数を持つ明晰な脳を持てるようになった。それでも、稀に彼のような、特に明晰な人間が生まれうる。この点については、現在も研究が進められている。

 問題なのはここからだ。人類は脳の最適化に成功し、それを他の生物にも応用しはじめてしまった。その結果、あらゆる生物が言語を持ち、あらゆる生物が明晰な頭脳を持てることが分かり、結果、最も知能指数が高く明晰な頭脳を持つ生物が「エビ」であることが分かってしまった。エビの脳は小さいながらも必要な機能が折りたたまれて脳に格納されており、素晴らしい集積度を誇っていた。

 もちろん、エビの外見は数千年前からほとんど変わっていないので、明晰な頭脳を持っているとはいえ、実際に何かを作るために行動することは出来ない。エビは優れた理論や設計を考え、主に人間を含む類人猿が馬車馬のように働かされるのである。

 つまり、世界の上位の大学のほとんどはエビが教授であり、学生である。実際、大田がいるこの教室――跳転流体数学応用論――も壇上ではエビが講義を行ない、大田以外は全員がエビである。隣では友人のウチワエビ Ferderbald Uchreish が教授に鋭い質問を投げかけている

「すみません、先程、跳転流体の熱的包括力は流体の内部エルガントポジーと有効熱振キネトロンの和によって求められるとおっしゃいましたが、偏熱ポテンショキャパシトンの寄与は考えなくてよいのですか?」

講義室中のエビから「おお……」「確かに……」と声が漏れる

教授は「確かに、そう感じるのも無理はないと思います。実際、熱的包括力は……」

 

「おい、大田、起きろ。」Ferderbaldが大田を揺する。

大田は爆睡していた。人類では最高の知能指数を誇る彼とはいえ、エビに比べれば天と地ほどの差である。最初の30分は辛うじてノートを取っていたが、その後の210分は記憶がない。

「1限が4時間なの、よく耐えられるな。」大田が言う。

「むしろ足りないだろ、結局いくつか質問できなかったし。」Ferderbaldは残念そうだ。

「とりあえず飯食いてえ」

「今日はスパニッシュ・カレーが食いたいな」Ferderbaldを始め、エビの食事は化学合成されたペレット状の粒である。

「俺はエビチリかなあ……」大田を始め、人間の食事は化学合成された半固形ペーストである。

「お前この大学でよくそんなもん食えるな」

「売ってんだからしょうがねえだろ」

 

 

お題「知能指数」「大学」「エビ」